中国大使館というとなんだかいかめしいイメージがあります。久しぶりに通りかかると、囲いの外壁に大きなパネルがずらりと並べて展示されていました。どうやら「中国のソフトパワーはすごいんだぞ!」とアピールしているようです。勉強させていただきましょう。
神宮前―青山―赤坂―六本木―麻布(JAARA)は歩くだけで楽しい街。目的があれば歩くのがいっそう楽しくなりますね。(2023.02.14)
※ JAARA(ジャーラ)は[神宮前―青山―赤坂―六本木―麻布]の街の連なりを指す造語です。
§ 優秀な現代建築で地域を発展させる
展示パネルは8枚あります。シリーズのタイトルは「風景に住む」。次の各地が紹介されています。
①川の上: 吉首美術館 湖南・吉首
(湖南省湘西トゥチャ族ミャオ族自治州にある吉首市(きっしゅ-し)=県級市)
※中国には行政区画として、省級、地級、県級などがあるようです
②森の中: 竹里 四川・崇州
(四川省成都市にある崇州市(すうしゅう-し))
※成都市は副省級市、崇州市は県級市。
③古跡の中: 御窯博物館 江西・景徳鎮
(江西省景徳鎮市(けいとくちん-し)=地級市)
④湖のほとり: 上海之魚移動駅站 上海
(上海市は直轄市)
⑤庭の中: 四合院幼児園 北京
(北京市は直轄市)
⑥崖の上: 二郎鎮天宝洞区域改造項目 四川・瀘州
(四川省瀘州市(ろしゅう-し)=地級市)
⑦集落の中: 阿那亜芸術中心 河北・秦皇島
(河北省秦皇島市(しんこうとう-し)=地級市)
⑧跡地の中: 油缶芸術中心 上海
統一タイトル「風景に住む」の「風景」は自然の風景ではありません。現代建築です。自国の優れた人材による現代建築が、歴史と現代とを結び付け、産業と地域の進展をもたらしている、ということをアピールしたいようです。
いくつか見てみましょう。
§故郷に錦 川の上には美術館
吉首美術館 湖南・吉首
川の上に美術館が建てられています。斬新な形式です。
この土地の出身で、中国美術界の大物、黃永玉(Huang Yongyu)さんが、故郷のためにつくりました。
黃永玉さんは1924年生まれ。独学で美術を勉強し、木版画の大家になりました。中国美術学院の教授を務め、版画に限らず、絵や彫塑も手掛けています。
作品はアートネットというサイトのページに載っていました。素朴な感じです。
(▽このページです)
美術館が建つ吉首市(きっしゅ-し)は湖南省の「湘西トゥチャ族ミャオ族自治州(湘西土家族苗族自治州)」の州都で、地域の中心都市です。
市内を万溶江(Wanrong River)という川が流れています。そのほとりには、乾州古城(Qianzhou Anciant City)という旧跡があり、明・清王朝の美しい建築物が残っています。
中国語版ウィキペディアでは黃永玉さんは「土家族,湖南凤凰人」と記されています。「土家(トゥチャ)族」の人なのでしょう。鳳凰県は吉首市の南側。黃永玉さんはこれまでに、吉首市と鳳凰県に9つの橋を架けているそうです。
美術館を設計したのは、チャン・ユンホ(Yung Ho Chang、張永和)さんという人です。
1956年生まれ。中国系アメリカ人の建築家で、マサチューセッツ工科大学(MIT)の建築学部長やプリツカー賞の審査委員を務めた経歴を持っています。
MITに来る前は、ハーバード大学デザイン大学院の丹下健三記念講座の教授(the Kenzo Tange Chair Professor)をしていたことがあるといい、日本とご縁がありますね。
下の動画で、チャンさんがこの美術館について語っています。
Painting Master Built a 3600㎡ Bridge Art Museum for his Hometown
<一条Yit>
美術館は万溶江に架かる長さ60メートル。伝統的な覆いのある橋(風雨橋 ふううきょう)のような形状です。1階(橋げたの上)が歩行通路、2階が展示場、3階がギャラリー。歩行通路には、物を売る屋台が設置できるようになっています。
美術館のエクステリアのコンクリートには、川岸の砕けた石が混ぜてあるそうです。
古い街並みとコンクリートの壁面とは、形状はまったく違いますが、調和した風景をつくっています。
チャンさんは「私たちはアートの宮殿のようなものではなく、街の人みんなが楽しめる公共のアートの空間をつくりたかったのです」と話しています。
動画の語り口から、チャンさんお穏やかな人柄が伝わります。
中国大使館としては、少数民族の集住する歴史ある街並みの中に、優れた建築家が特色ある美術館をつくり、伝統と現代が結ばれて地域に活気をもたらしている事例として紹介したかったのでしょう。
§ 竹工芸とデジタル建築
竹里 四川・崇州
四川省の平原にある崇州市(すしゅうし)の道明鎮という土地は、2000年以上前の秦代(紀元前3世紀後半)から竹編み細工が行われている「竹編みの里」で、「道明の竹編み」はブランドとして確立しているようです。
ここに「竹芸村」という区域があり、そこに「竹里」という建物があります。
竹芸村は、竹文化を前面に出し、飲食店や宿泊施設、キャンプ場などで観光客を集めています。
「竹里」は自然と芸術と産業が一体となった施設と銘打ち、物販やワークショップなどが行われているようです。
下の動画は「竹里」の紹介クリップです。
道明竹里 青竹編出「無限」可能
<當代中國>
次の動画では「竹芸村」が紹介されています。
《文化十分》道明竹艺村:一场重塑乡村的艺术实践 20190108 | CCTV综艺
<第艺流>
中国国際放送のサイトの記事は、2021年に竹芸村の竹産業の総合生産高が2億3000万元(約46億6900万円)に達し、観光業の総合収入は1億9000万元(38億5700万円)に達したと報じています。
「竹里」を設計したのは、袁烽(Yuan Feng)という人です。同済大学の教授、MITの客員教授で、建築とデジタルの融合を研究しているようです。
「安邸AD」というサイトに載っている記事では次のように話しています。
「デジタル建築は、条件が限られた村では理想的です。『竹里』のすべてのコンポーネントは、デジタル工場でプレハブされ、現場に運んで組み立てられました。 工事は52日しかかかりませんでした」
中国大使館としては、伝統的な産業を現代的な技術と手法で魅力ある資源にした事例として、ここを紹介したいのでしょう。
§ 中庭のある伝統建築が現代建築の中庭に
四合院幼児園 北京
18世紀の建物の回りを囲うように建設された幼稚園です。
四合院とは、四つの辺に建物を置き、中央を庭園とする北方中国の伝統的な住宅様式。中庭に植える木の種類や配置にも規則があるようです。
古色に満ちた直線的な構成の歴史的建造物を、開放的な空間を曲線で形作る現代建築が取り巻き、新たな世界が生まれています。
設計したのは、馬岩松(Ma Yansong)さんらのMADアーキテクツ(MAD Architects)。
馬さんは1975年北京生まれ。北京大学とイエール大学で学び、2004年にMADアーキテクツを創設しています。
MADアーキテクツは馬さんと日本人建築家の早野洋介さん、中国人の党群(Dang Qun ダン・チュン)さんが運営。馬さんと早野さんは、新国立競技場の最初の設計に選ばれたザハ・ハディドさんの事務所にいたようです。現在は北京を本拠地に、ロサンゼルス、ローマにも事務所を構え、東洋的自然観を基に新たな建築と都市の在り方に取り組んでいるとのこと。斬新なフォルムの作品がいくつもあります。
中国大使館としては、伝統と現代の融合を気鋭の建築家が地域社会の中にある幼稚園という形で成し遂げている事例として紹介したいのでしょう。
§ 中国大使館の外壁パネルのまとめ
「風景に住む」の「風景」は現代建築です。訴えたいのは、「伝統と現代との調和、地方の伝統産業の新展開、地域社会の発展を、現代建築を媒介して実現していますよ、わが国には優秀な建築家がいるんですよ、科学技術とともにソフトパワーがあるんですよ」というアピールでしょう。
現代建築のひとつのかぎは「住民参加」「利用する人の参加」です。大使館の事例のプロジェクトにも人々が参加しているでしょう。その時、どこまでの人が参加するのか、どのように参加するのか、が大事になります。中国の社会の進展をさらに注視していきたいと思いました。ということで、きょうもいい一日になりそう、かなあ。
【 JAARAで散歩】これまでの「建築を見る散歩」
▽現代日本の建築を見に青山通りを青山から赤坂へ
▽澄み切った空気を思い出す 大正・昭和の洋館を見に麻布へ
▽昭和初期の自由な空気を伝える現役の住宅 麻布台の『和朗フラット』へ
▽デザイナーズマンションの先駆けを見に 神宮前の「ビラ・ビアンカ」へ
▽建築界の巨匠、槙文彦さんの作品を見に 青山・麻布へ
▽競技場からお菓子屋さんまで 大物建築家・隈研吾さんの作品を見に青山へ
▽ヴォーリズの東京の建築を見に 東洋英和女学院へ