【 JAARAで散歩】明治の軍人の気概に触れる 乃木坂の旧乃木邸へ

         

  この休日は散歩に行きますか? それなら乃木坂の旧乃木邸へ行くのはどうでしょう。日清、日露戦争で奮闘し、明治天皇に殉じて自刃した乃木希典大将の邸宅です。質実なたたずまいの家屋、煉瓦造りの馬小屋。吉田松陰の訓戒を掲げた額を見ると、明治の軍人の気概が伝わってきます。
 神宮前―青山―赤坂―六本木―麻布(JAARA)は歩くだけで楽しい街。目的があれば歩くのがいっそう楽しくなりますね。
※ JAARA(ジャーラ)は[神宮前―青山―赤坂―六本木―麻布]の街の連なりを指す造語です。

§ シンプルで機能的


 
 青山一丁目の交差点から外苑東通りを南へしばらく行くと、通り沿いに壁のような煉瓦積みが見えてきます。旧乃木邸の馬小屋です。
 

 
 門をくぐって敷地に入ってみましょう。正面に邸宅があります。
 

 乃木大将は歩兵第1連隊長(中佐)だった明治12年(1879年)、この地に移り住みました。
 説明板によると、家屋は明治35年(1902年)に築造。ドイツ留学中に見たフランス軍の建物を参考にしたとのことで、大将の意向が反映されているのでしょう。
 屋根は日本瓦で洋室を備えた和洋折衷。外壁は横板を噛み合わせて連ねた「ドイツ下見」(「下見」とは外壁のこと)。窓ガラスは完全に平らではなく微妙なうねりが趣を醸しています。
 

 傾斜地にそぐう形で半地下にキッチン、ダイニングや浴室、正面玄関を構える1階には応接間や大将の書斎と居室、夫人の居室があります。シンプルで機能的な構造です。
 

 屋根裏の2階には子息2人の部屋があり、図面を見ると、独立した「書庫」があるのが目を引きました。
 室内も和洋折衷。応接間は板敷き、居室は畳敷きです。ただ、畳敷きの大将の居室の西縁は板敷きで、暖炉がありました。
 

 明治天皇の葬送が行われた大正元年7月13日、乃木大将は妻の静子さんとともに自決します。部屋には、その時の大将と奥さんの位置が示されています。

§ 松蔭の指針を座右に

 乃木大将は父親が長府藩士で、1849年(嘉永2年)に長府藩上屋敷(現六本木)で生まれました。幼いころから長府(下関)で武芸とともに漢籍、詩文を学んだといいます。
 学者を志し、親の反対を押して萩へ出奔。松下村塾を開いた兵学者玉木文之進に学び、萩藩の藩校・明倫館では「兵学寮」ではなく国学、漢文を学ぶ「文学寮」に通学します。玉木文之進は吉田松陰を厳しく育てた人物で、乃木大将の親戚だそうです。
 居室に掛かっていた額は、吉田松陰の「士規七則」でした。
 

 「士規七則」は、吉田松陰が人間の在り方、武士の生き方について示した指針です。
 その最後に、大成のきっかけとなるのは「立志(りっし)、択交(たくこう、交友を選ぶ)、読書」とあります。これを読んでなんとなく、与謝野鉄幹の「人を恋うる歌」を思い出しました。
 「友を選ばば書を読みて 六分(りくぶ)の侠気四分の熱」
 ちなみに、七則の末にある「二十一回猛士」は松陰の号です。「吉田」を分解して組み合わせると「二十一回」になります。

§ ロシアの将軍の白馬

 馬小屋はドイツ留学から帰国した翌年、明治22年(1889年)に完成しました。屋根は日本瓦で煉瓦造り。馬房4つに馬丁室や馬糧倉を備えています。
 

 乃木大将の馬は数々いたようですが、ロシアのステッセル将軍から贈られた「アラビヤ」産の牝馬「寿(す)号」を飼っていました。
 

 明治38年(1905年)1月5日、日露戦争の旅順攻略後の「水師営の会見」で、乃木大将が敗将のステッセル将軍に極めて紳士的に接したことは有名です。「寿号」は、元はステッセル将軍が騎乗していた白馬です。
 馬小屋は煉瓦造りで住居より風格があるともいわれました。馬は、戦陣では武功を左右する重要なパートナー。乃木大将は「馬を大事にするのは軍人のたしなみ」と話したとのことです。
 
 建物の前は、小径の通じる庭になっており、一角には、夫妻の自刃の際の遺品をうずめて死を悼んだ碑があります。庭は、その先の「乃木神社」へも通じています。
 

§ お隣には公園

 邸宅の敷地の南側は「乃木公園」。『ひねり、うつり、ながれ』『樹にそまり96』と題したステンレスパイプのモニュメントが設置されています。津久井利彰さんという人の作品です。公園にはベンチもあり、ちょっと一休みできます。
 

 
 坂降りると「乃木神社」の正面、さらに降りると「乃木会館」です。

§ 坂の名は区議会で


 乃木坂は、江戸時代は「幽霊坂」といったそうです。乃木将軍の死を悼み、赤坂区議会が1912年(大正元年)9月、乃木坂と名を決めたそうです。
 いまでは「乃木坂48」が有名ですね。近くにはジャニーズの事務所もあります。
 

§ 旧乃木邸のまとめ

 旧乃木邸は、港区が管理しており、年末年始以外の日中は敷地内に自由に入れて乃木大将を偲ぶことができます。邸内を見学できる日も設定されます。
 2022年の11月1~3日は邸内に入れるようです。
 
 港区ホームページ/旧乃木邸一般公開について(乃木公園・旧乃木邸) (city.minato.tokyo.jp)
 
 乃木坂は青山、赤坂、六本木の中間点。どちらへ向かっても楽しい街。きょうはいい一日になりそうです。
 
【 JAARAで散歩】青山で散歩
▽スケールの大きなストリートアートを見に 北青山のブラジル大使館へ
▽黄金色のトンネルを抜けに 明治神宮外苑のイチョウ並木へ
▽秘密の道を抜けてパブリックアートを見る 青山一丁目駅へ
▽おもしろい絵本と出会いに 北青山の「伊藤忠SDGsスタジオ」へ