【 JAARAで散歩】段ボールに書かれた「偽物の名画」の圧倒的な「本物」の存在感

         


 
 神宮前にピカソの「ゲルニカ」を見に行ってきました。といってもこの「ゲルニカ」は、つなぎ合わせた段ボールに描かれています。スペイン人のアーティスト、フリオ・アナジャ・キャバンディングさんの作品です。ごみのような紙の上に描かれた誰もが知っているような名画。それは偽物なのですが、圧倒的な「本物」の存在感があります。(2023.9.29)
 神宮前―青山―赤坂―六本木―麻布(JAARA)は歩くだけで楽しい街。目的があれば歩くのがいっそう楽しくなりますね。
※ JAARA(ジャーラ)は[神宮前―青山―赤坂―六本木―麻布]の街の連なりを指す造語です。
 

§ 段ボールに描かれた迫力

 展覧会は「NANZUKA UNDERGROUND」で開かれている「フリオ・アナジャ・キャバンディング Wunderkammer」です。画廊を入ると、室内の正面に大きな「ゲルニカ」が現れます。
 

 
 たいへんな迫力です。見ていて壮観です。この「ゲルニカ」は、画廊の人によると、18枚をつなぎ合わせた段ボールに、オリジナルとほぼ同じスケールで描かれているそうです。
 近寄ってみると、確かに段ボールがつなぎ合わされています。
 

 

§ 本物と偽物

 段ボールに描かれていても、これは「本物」だと思いました。
 キャバンディングさんの作品は、細部までピカソとそっくりです。ウマの咆哮する先にうっすらと見える生き物もそのままです。
 

 
 しかし、いくら複写が精緻でも「本物」ではありません、「本物そっくりの偽物」です。ではなぜ、私は「本物」だと感じたのでしょう。
 
 絵画をはじめ音楽や文学など、人はさまざまな芸術から情報を得ています。絵画なら視覚を通じて、音楽なら聴覚、文学なら言語を通じています。
 視覚と聴覚と言語はまったく別物に思えますが、いずれも「イメージ」としてとらえられるという考え方があります。そして人は、視覚なら視覚を通じて得た情報(イメージ)に、自分の持っている別の情報(イメージ)を重ねているのです。
 例えば、京都のお寺の築地塀(ついじべい)に白い線が入っています。線が5本あるのは「門跡寺院(もんぜきじいん)」つまり格の高いお寺の印です。
 この知識がある人とない人では、塀の見え方が違っているはずです。知識のある人の築地塀のイメージには「門跡寺院」のイメージが重なっています。そもそも知識がないと、塀に線が5本あることを見過ごしてしまうでしょう。
 
 キャバンディングさんの「ゲルニカ」を私が別の場所で見て、そこの人に「これはピカソの本物だよ」と言われたら、信じてしまったかもしれません。「これは本物だよ。世間で知られてないけど、ピカソは段ボールに描いたんだよ。君も知らなかった?」「へええ、そうだったのか…」
 そうした場合、私は「ゲルニカ」の視覚的な情報に、「ピカソについての知識」という情報を重ねてしまいます。「かの有名なピカソが、実際にこれを描いたんだ…」と。
 ところが、今回の展覧会で私が見ている作品はピカソの絵でないことが明らかです。だから私はこの作品に「ピカソの情報」を重ねることがありません。私は、目の前にあるこの「作品」とだけ向き合えばいいのです。
 作品は、ピカソの絵としては複写=「偽物」ですが、キャバンディングさんの作品としては本物=「本物」です。だから私はこの作品に、本物の迫力と存在感を感じたのだと思います。
 

 

§ 不思議の部屋

 2階へ上ると、壁一面にさまざまな作品が並べられています。
 

 
 展覧会のタイトルにある「Wunderkammer(ヴンダーカンマー)」です。「Wunderkammer」とは、15世紀にイタリアの貴族が珍しいものを一カ所に集めて並べたことに始まり、18世紀まで続いた「陳列室」をいうようです。博物館、美術館の始まりだそうです。
 日本語の訳は「驚異の部屋」「不思議の部屋」。英語にすると「Wonder Chamber」でしょう。
 今回の展覧会でも珍しいものが並んでいます。すべて段ボールに描いてあります。
 恐竜の化石、
 

 
 古代エジプトのミイラ、
 

 
 マティス、
 

 
 ゴッホ、
 

 
 ウォーホル、
 

 
 バスキア、
 

 
 スニーカー、
 

 
 鉄腕アトムのおもちゃ、
 

 
 空山基、
 

 
 ハビア・カジェハ
 

 
 などなど、さまざまに模倣しまくった作品群です。
 画廊の説明によると「Wunderkammer」は、「様々なオブジェクトをその異なる起源で組み合わせて提示するキャビネット」なのだそうで、恐竜の化石とバスキアの恐竜の対峙、ハビア・カジェハさんの男の子と般若の能面の並び、マティスと「セクシー・ロボット」とマリリンモンローの連なりは、まさに「不思議の部屋」の趣向でしょう。
 

 
 ■驚異の部屋 – Wikipedia
 

§ 21世紀の新しいアートの形

 画廊によると、キャバンディングさん(Julio Anaya Cabanding)は、1987 年スペインのマラガ生まれで、現在もマラガ在住のアーティストです。
 スペイン南部アンダルシア地方のマラガ市といえば、パブロ・ピカソさんが生まれたところです。
 

 
 ピカソさんはバルセロナやマドリードで学び、フランスで活躍しました。キャバンディングさんは2018年にマラガ大学ファインアート学科を卒業。地元市内の廃墟や橋の下など、人があまり立ち寄らないような場所に、名画を引用した細密な絵画をグラフィティとして描き、その作品がSNSを通して世界中に知れ渡ったとのことです。
 キャバンディングさんの創作活動は、廃材のダンボールや石膏ボード、板などを拾い集めることから始まるそうで、誰もが知っているような美術作品を、捨てられたゴミや荒廃した街の壁に描きます。
 「アートを神格化させるシステムへの強烈なカウンター」「美術館やアカデミズムを頂点とする現在のアートのあり方に一石を投じようとする 21世紀の新しいアートの形」と紹介されています。
 

 

§ キャバンディングさんの展覧会のまとめ

 ごみ同然のものに名画を描いちゃうというコンセプトが面白い。それ以上に、作品の存在感、訴求力が見ていて楽しい、気持ちよい展覧会でした。またいずれ、いろいろな場面で出会うことができればうれしいアーティストです。展覧会を見られてよかった。きょうもいい一日になりそうです。
 

 
NANZUKA – Contemporary Art Gallery

NANZUKA UNDERGROUND |Tokyo Art Beat
 

 展覧会は2023年10月1日まで。
 
【 JAARAで散歩】神宮前で散歩
▽原宿・表参道の歴史と広がりをたずねて 神宮前交差点へ
▽気鋭の書と大家の絵に圧倒される パブリックアートを見に明治神宮前<原宿>駅へ
▽並木150本に90万の光 2022冬のイルミネーションを見に表参道へ
▽デザイナーズマンションの先駆けを見に 神宮前の「ビラ・ビアンカ」へ